蛭子ミコト:ブログ版second

主に食品添加物や食品衛生のことについて書いていくブログ

農薬検査と栄養成分検査の難しさの違い

女子栄養大学出版部から、「栄養と料理」という雑誌が販売されています。
http://www.eiyo21.com/eiyo/eiyo.shtml

美味しくて栄養的にも気を使った料理の作り方の他に専門家のコラムもあり、なかなか読み応えのある雑誌です。
万人におすすめ出来ます。

その2016年9月号に科学ライターの松永和紀さんががこんな記事を書いてます。
科学記者のつぶやき帖 「栄養成分、残留農薬…食品分析の裏側は?」

この記事はみんなに読んで頂きたいですが、この中で分析会社の方がこんなことを言っています。
「いえ、(残留農薬分析よりも)栄養成分分析の方が、じつはうんとむずかしいんですよ。」


私のブログを見ている方でも、農薬や食品添加物、重金属の分析については何となく難しくて大変だろうってイメージはあるかと思います。
でも、栄養成分分析の方が難しい・・・?

記事では水分測定を例に、(中略)経験が必要と言っています。


分析技術の細かい点は記事に載ってないので、ちょっと分析屋の視点から、これについて説明してみようと思います。


まず、前提として…
分析技術・知識・測定機器については残留農薬分析の方が高度で専門性が高く、分析技術を習得するのは大変です。
クロマトグラフィー、質量分析計、検出器の特性、測定対象の化学的知識、ppmppbオーダーの低濃度を測定、大学では通常深く学ばない分野)

一方、栄養成分の分析は、検査の手技・知識そのものは、そこまで大変なものではありません。
(基本的に化学・食品系の大学で学ぶ内容が多い、基本成分は%オーダーの測定、器具もシンプル)

単に分析手法だけでいうなら、栄養成分の方が早くマスターできます。

では、何が難しいのか?

その1.試験の検証ができるかどうか

残留農薬は、基本的に食品には含まれていない前提で測定し、検査法が妥当かどうかについては添加回収試験
(食品に既知濃度の農薬を加え、ちゃんと加えた濃度が出るかどうかを確かめる試験)などで、検証が出来ます。

栄養成分の場合…
基本的に、測定すれば必ず数値が出ます。
この数値が真実の値なのかどうなのかは、神のみぞ知るところでありまして…

数値を必ず出さなくてはならない、でも試験法が妥当なのかを検証する方法が残留農薬試験と違って検証する術がほとんど無いのです。

特に大変な例として、脂質の分析についてざっと説明します。
まず、試験法自体が5種類掲載されています。

別添 栄養成分等の分析方法等
http://www.caa.go.jp/foods/pdf/150914_tuchi4-betu2.pdf

エーテル抽出法
クロロホルムメタノール混液抽出法
・ゲルベル法
・酸分解法
・レーゼゴットリーブ法

牛乳・乳製品ならゲルベル法やレーゼゴットリーブ法って決まっているのですが、
その他の食品については、代表例こそ書かれていますが、どれがベターなのかは、ある程度経験を積まないと、どの試験法にするのか判断できません。
(まあ、ここまでなら、大変ではあるけれど、難しいとまでは言いません。)

その2.測定対象の違い
そして、残留農薬分析と栄養成分分析の決定的な違い&難しさは、測定対象にあります。

一言で食品の分析といっても…

農薬:野菜、果物など原材料について測定する
栄養:基本的に、加工食品を測定する。

農薬は、測定対象が比較的決まっているので、大体適切な試験法があります。


一方、栄養成分は、穀類・野菜・肉・魚等々色んなものが混ざった状態です。

例として、ショートケーキの脂質を分析するとしましょう。
先に挙げた脂質の分析法、原材料別に戻って最適とされる試験法を並べるとこうなります。

小麦粉、砂糖:酸分解法
卵:クロロホルムメタノール混液抽出法
牛乳:ゲルベル法
バター、生クリーム(?):レーゼゴットリーブ法
苺:エーテル抽出法

検査するときには、苺くらいなら、1個だけ取って分析できなくもないですが…
他の成分は入り交じった状態です。
分析法を組み合わせることは基本的に出来ません。
さあ、どの手法で分析しますか?

私がやるなら、比較的脂質の分析でオーソドックスなエーテル抽出法か、調理加工食品でよく使われる酸分解法でやるか、
あるいはクロロホルムメタノール混液抽出法でやるか、この3種類やって平均値出すか…。簡単に答えはでません。
そして、抽出時間とか加熱時間とか他にも分析に関わるファクターはあるわけです。

栄養成分の基本項目である脂質でざっと考えてみても、これだけの要因があり、しかもここまでやっても真値かどうか断言までは出来ないのです。

ついでに他の基本項目でいうなら
・タンパク質:窒素を分析し、タンパク質係数をかけてタンパク質として求めている。
窒素の測定値そのものは信頼出来るのだが、タンパク質以外に窒素を含む成分があると当然数値が高く出るので、それが原材料に使われているかどうか注意を払う必要がある。
(例えばカフェインが含まれていたら、別途カフェインを測定し、カフェイン量を差し引き計算する。野菜が多かったら、硝酸塩を別途測定し、差し引く必要有り)
・水分;記事にあるとおり、自由水と結合水の問題があり、大変です。ついでに、乾燥法の他にカールフィッシャー法という方法もあり、ものによってはこちらの方が適切な場合もあります。
・食塩相当量(ナトリウム)、灰分:これは他の栄養成分とは違って、比較的正確に測定出来ます。


ここまでの内容をまとめると、

栄養成分分析は、考慮することが色々あって、正確な結果を出すには、ある意味残留農薬分析よりも大変である。

で、言うまでもないですが、残留農薬分析はまた別の困難さがあるので…
正直、一概にどっちが大変とは言い切れません。

というわけで、最終結論は、 「食品分析はなんでも難しい」 とさせて頂きますm(_ _)m