蛭子ミコト:ブログ版second

主に食品添加物や食品衛生のことについて書いていくブログ

基準値だけで判断してはならない(前半)

先日、こういう報道がありました

ほうれん草40gで子どもに急性中毒リスク 国の残留基準緩和案で農薬漬けになる野菜はこれだ!
http://www.mynewsjapan.com/reports/1977
ネオニコ農薬2000倍緩和、裏で住友化学が動く
http://www.alterna.co.jp/12527
署名12,739筆を厚生労働省に提出――ネオニコチノイド系農薬の食品中への残留基準の規制緩和に反対
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/press/2014/pr20140218/

記事を要約すると、ネオニコチノイド系農薬であるクロチアニジンの新しい基準値は、ほうれん草なら2株(40g)で急性毒性のリスク発生の恐れがあるので問題だ!ってことです。

数値を出して計算してみますと…
EUでのクロチアニジンの急性参照用量(ARfD)は0.1mg/kg体重/日、ほうれん草の新しい基準値は40ppmなので、
基準値40ppmのほうれん草40gを食べると1.6mg摂取することになります。
体重16kgの子供ではちょうどARfDの値になり、問題であるとの主張でしょう。

計算上ではそうなりますが、この考え方は妥当なのでしょうか?検証してみたいと思います。


図:クロチアニジン

・計算に用いられた数値が妥当とは考えにくい
まず、記事中に使用されている急性参照用量(ARfD)から考えてみます。いきなりEUを否定するような書き出しですが…
これはARfDとADIの定義からみると、とても違和感を感じる数値なのです。

まずは、ADIとARfDの定義から。
ADI:「人が一生涯にわたって毎日摂取し続けても、健康に影響を及ぼさないと判断される量」
ARfD:「24時間以内に摂取した食品や水に含まれる物質が、現時点での知見から消費者に対してなんらかの健康リスクを示さない、通常体重あたりで示される推定量

EUでのクロチアニジンのADI及びARfD(単位:共にmg/kg体重/日)は、
ADI: 0.097
ARfD: 0.1
…ほとんど一緒です。一生涯食べ続けても影響がない量(ADI)と、1日単位で健康リスクのない量(ARfD)が同じ?
普通に考えればおかしい話だと思います。
一応、ADIとARfDは同じ数値になることもあることはあるのですが…
FAO/WHO合同残留農薬専門会議(JMPR)ではADI:0.1、ARfD:0.6とされているので、個人的にはこちらの数値の方がより妥当だと思います。
http://fcsi.nihs.go.jp/dsifc/servlet/SearchApp?key=331&appkind=pestressearch&searchkind=detail_page&searchcondition=id

また、体重16kgの子供というのは、年齢で言うと大体4歳前後です。4歳の子供を代表例に使うのはどうか、という疑問もあります。


・クロチアニジンはこんなに残留しない
そもそも、基準値が40ppmだからといって、クロチアニジンが40ppm残留するということはあり得るのでしょうか?
まずは、ここの”参考”のPDFファイルをご覧ください。
「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)の一部改正(食品中の農薬(クロチアニジン)の残留基準設定)」に関する意見の募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495130138&Mode=0

この中に、国内での使用方法という表があります。
ほうれん草の場合、16%クロチアニジン水溶剤を4000倍希釈して、10aあたり最大300L使い4回以内、
または0.5%クロチアニジン粒剤を6kg/10a、4回以内 との旨が書かれています。
また、この資料によると、ほうれん草は10aあたり1220kgとれるそうです。

平成22年産秋冬野菜等の作付面積、10a当たり収量、収穫量及び出荷量(全国)
http://www.maff.go.jp/j/tokei/sokuhou/syukaku_syutou_10/


これらのデータから、以下の式にて計算してみます。なお、この計算は、使用したクロチアニジンが100%ほうれん草に残るという前提の計算です。
(1kg当たりの粒剤中のクロチアニジン量(mg/kg))×(10a当たりの使用量)×(使用回数)÷(10a当たりのほうれんそうの収穫量)
0.5%クロチアニジン粒剤を4回使用した場合:500mg/kg×6kg×4回÷1220kg=9.83mg/kg
16%クロチアニジン水溶剤を4回使用した場合:(160000mg/L÷4000)×300L×4回÷1220kg=39.3mg/kg

40ppmという基準値は、一番使用した方法で、かつクロチアニジンがすべて残留するという前提っぽいですね。

では実際にクロチアニジンがすべて残留するのか? ”参考”PDFの21枚目に試験結果がちゃんと書いてあります。
6kg/10a 播種時播溝処理(1回)+16%水溶剤+ 2000倍 200L/10a(3回)
この条件では、すべて残留した場合で約61.475mg/kgになり、先の計算よりも多い総量を使用しています。
さらに、最終使用から収穫までの期間を最短とした場合で最も大きい値が記載されているものです。
(要するに、一番高い濃度となる条件の試験と言ってもいいです)
試験結果は、9.97と27.0mg/kg。大きい数値の方で考えても、最大44%残留という結果です。

基準値40ppmでも、ほうれん草に残るのは17.6ppmということになります。

現実には、こんな短期間に複数回農薬使用しませんし、出荷時期も考慮すると実際の残留濃度はさらに低いものになるでしょう。

これで、記事中の計算条件の一つが崩れました。
(もっとも、この数値を記事に突きつけたとしても、ほうれん草の量を増やされて危険と騒がれそうではありますが…。)

あえて今回の記事を3行で書くと…
・計算に使われたARfDの値はおかしいのでは?
・一番残留する条件でも、半分も残らない。実際の残留量はさらに少ないことが想像される。

・資料から必要なデータ抜きだして計算するのは面倒くさい(ぉぃ


で、ここまで計算して長くなってなんですけど…
これ、後半に続きます(汗)
今回の報道にARfDが出てきたので、あえて数値・計算に付き合った形です。
後半は、そもそも基準値はどのように設定されるのかなどについて書く予定です。
(実は、農薬がらみの記事は初めてです)