蛭子ミコト:ブログ版second

主に食品添加物や食品衛生のことについて書いていくブログ

牛肉の全頭検査は出来るのか?(BSEと放射性セシウムの検査方法の違い)

福島県産の牛11頭のうち1頭から暫定規制値を超える2300Bq/kg放射性セシウムが検出され、さらに残り10頭からも1530〜3200Bq/kg検出される事例が起こりました。

その後、稲わら(75000Bq/kg)が原因であることが判明いたしました。
http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/pdf/caesium_kenshutu.pdf


さらに別の農家からも放射性セシウムが検出された稲わらを与えられていた報告がありました。

福島県によりますと、この農家は福島県浅川町の農家で、県が立ち入り検査を行ったところ、最大で1キログラム当たり9万7000ベクレルの放射性セシウムが検出されたということです。県によりますと、これは水分を含んだ状態に換算すると国の目安のおよそ73倍にあたるということです。わらが与えられていた肉牛は、ことし4月8日から今月6日までに42頭が4か所の食肉処理場に出荷され、内訳は横浜に14頭、東京に13頭、仙台に10頭、千葉に5頭だったということです。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110714/k10014217361000.html

さらに15日、その稲わらを食べた牛の肉から1キロ当たり650ベクレルの放射性セシウムが検出されたそうです。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110715/dst11071512090010-n1.htm

肉用牛農家が出荷した全頭について肉に含まれる放射性物質の検査を県と協力して実施する方針を明らかにしたそうです。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110712/biz11071210580003-n1.htm



さて、ここで福島県農林水産大臣は、全頭を検査する方針のようです。

・・・気持ちはわからないでもないですが・・・

はっきりいって、現実的ではないです。というか無理です。

こう書くと、「BSEでは全頭検査やってるじゃないか!」という人がいると思うので、検査方法の違いを説明したいと思います。


BSEの検査は、エライザ法という検査法です。
抗原抗体反応を利用した検査法です。

検査法の原理 愛媛県食肉衛生検査センターより
http://www.pref.ehime.jp/040hokenhukushi/135shokuniku-cnt/00002541030315/toppics/bse_gennba/bse_genritotezyun.htm

検査の流れ 東京都福祉保健局 食品衛生の窓より
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/niku/bsepict1.html

簡単に流れを書けば、
延髄採取→前処理→抽出→検出・判定

ここで食品衛生の窓にある”判定”のプレートの写真を見て頂きたい。
このプレートは96個の穴があります。写真での説明では2つを陽性コントロールにして、残りを実際の検査に使っているようです。

これがどういう意味なのかというと、同時に最大94頭の検査が出来るということです。しかも、プレートは何枚も同時並行で作業出来ます。
採取場所も延髄と限定されており、量も少量で済みます。
エライザ法は、BSEに限らず様々な分野で使われている検査法なので、測定機器も日本中にたくさんあります。基本知識がある人がトレーニングを受ければ、1日で操作を習得できるという簡便さもあります。
検査機器であるプレートリーダー自体も大きくなく、人の手で動かすことも楽勝です。

つまり、BSEの検査法であるエライザ法は、全頭検査が可能な検査法なのです。
検査人員はもちろん必要ですが、1日で400頭以上の検査を1施設かつプレートリーダー1,2台で対応可能です。



一方、食品中の放射性セシウムを測定するには、ゲルマニウム半導体検出器という特殊な検査装置が必要になります。
参考:緊急時における食品の放射能測定マニュアル
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf

(一応書いておきますが、環境中の放射線を測定するポストモニタリングやサーベイメーターとは別物の検査装置です)


肉1kg以上の量をドロドロのミンチ状になるまで細かく粉砕する必要があります。
専用の容器に隙間の無いように詰めて、重量測定や比重を計算する必要もあります。
また、原則として1週間毎に検出器に何も載せず、2日以上測定し、バックグラウンドを測っておく必要もあります。
放射性物質を扱うので、誰にでもすぐに操作をマスターできるしろものではありません。
外部のγ線を完全遮蔽する必要があるので、鉛板で測定物の周りを覆うのですが・・・そのため検査装置の総重量は1トンくらいになります。
ここまで重量が重いと、装置を設置するにも床に対する荷重を減らすために特別な措置をする必要があります。


そしてなにより、検査装置の構造上、1検体ずつしか分析できないのです。
しかも測定時間が1検体あたり1時間前後かかります。
たとえ、1日24時間フルに検査したとしても24頭しか検査できません。
さらに、サンプルの入れ替えは人力で行うので・・・現実的には検査装置1台で1日あたり10頭前後の検査をするのが精一杯でしょうね。


厚生労働省が発表している検査結果を見ると、牛肉問題が浮上する前で、全国の合計が1日あたり150前後ですから・・・
たとえ検査装置を増やしても、日本中の検査機関を総動員しても福島県産牛肉ですら間に合わないと思います。
野菜や牛乳、魚など他に検査すべき食品も多々ある中で、放射線検査を牛肉全頭検査に割り振る余力は、はっきりいってないです。

整理すると
BSE:1施設で400検体以上検査できる
放射性セシウム:1検査装置で10検体が労働時間的に限界。
厚生労働省が公表している検査結果も、全国で200検体もいかない。

検査方法、検査件数にこんな差があるのに、全頭検査といわれても・・・
もう一度言います。絶対不可能です!


では、どうするのがベターなのか?


今回東京都が検査した牛はすべて同じ農家です。のべ11頭検査して値に大きなふれがないことから、1頭検査すれば、その農家の放射性セシウム汚染レベルは十分に推測できると思います。
つまり、農家につき1頭検査すれば、農家ごとの牛肉中放射性セシウムの傾向が判断できると思います。

そして農家ごとに1頭ずつ検査した結果、例えばこんなふうに今後判定するのはいかがでしょうか?
(東京都の検査結果で最小値が1530、最大値が3200Bq/kgなので、検査結果は最大で2倍のふれがあると考えました)

・250Bq/kg未満:その農家からの出荷を全面的に認める
・250以上500未満:たまたま低い個体だった可能性を考え、あと1,2頭検査。その結果暫定規制値である500Bq/kg以下であったら、出荷を認める。
・暫定規制値を超えた場合:出荷制限。

現状の検査態勢ではこれでも厳しいとは思いますが・・・
多少期間がかかっても、現実的に出来る内容だと思います。